住宅を取得しない選択

  当方のFP事務所がお受けする相談テーマの中で、住宅取得や住宅ローンに関するものは、資産運用に次いで多い。やはり一般の生活者(現役世代のファミリー層)にとって、住宅取得は生涯のライフイベントの中で、最大の買い物だからであろう。ちなみに、住宅取得に匹敵する大きな支出項目は、教育費と生命保険料と言われている。

 

  過去10年間でみても、最低水準になる0.6%台の長期金利が、住宅ローン金利低下を促し、直近では、大手銀行の10年固定金利で、”1.4%前後、固定金利フラット35で返済期間21年以上35年以下の場合で、最低金利は”1.81となっており、今はまさに、住宅取得にとって最適な時期・環境であるといえるかもしれない。住宅業界や住宅ローンを提供する各種金融機関は、超低金利を大歓迎し、政府は、国民に住宅取得を促し、内需拡大と景気浮揚をねらう。住宅取得の振興はいわば国策といったところか。

 

  本コラムでは、あえて住宅を購入せず、生涯賃貸住宅に住むことのメリットを考えてみたい。

 

持ち家派と生涯賃貸派ではどちらが有利か?」と尋ねられることがよくあるが、それは不毛な議論である。なぜなら、どちらも経済的支出の総額はおおむね同じだからである。つまり、支払家賃には、用地取得費やマンション等建物の減価償却費に加えて、借入金利()や固定資産税、建物火災保険料等が含まれている。

 ※賃貸マンションのオーナーは、自己資金がある程度あるにしても、通常、多額の銀行借り入れを行っているため、借入金利負担分が入居者へ請求する月々の家賃に含まれていると考えられる。

 

  よって、何十年もの間、家賃を払い続けようと、住宅購入した場合と比べて、金銭的な支出にほぼ変わりはないといえよう。

むしろ、ライフステージの変化に伴って、機動的に住み替えられる賃貸住まいの方が、柔軟性があって良い、多額の負債を抱え、それに縛られた人生を送りたくない、と考える若年層が近年は増えているかもしれない。少なくとも、当方が相談を受ける、20歳代後半から40歳代までの現役層には、最近賃貸派が増えているという実感がある。

 

  一方、持ち家派の主張はどうだろうか。おそらくは、以下のような感情や社会的体裁に影響された感覚的なものだろうか。

●低金利で、35年ローンを組めば、月々の返済額は家賃より少ない

●住宅資産を持つことで安心感がえられる、老後に持ち家がないと不安だ

●住宅は資産になるが、家賃は払うだけで後に何も残らない

●いつまでも賃貸だと世間体が悪い

 

  住宅は資産であるという考え方は、幾分疑わしい。住宅という不動産は、株や投資信託といった金融資産と違い、流動性が低く、立地や住環境が良くてもすぐには換金できないと考えるべきだ。たとえ売却できたとしても、売値は住宅ローンの残債を下回るケースが多いだろう。また、大規模な地震が発生した場合、完全に住宅の価値を保全する術はない、地震保険の補償範囲は限定的であるからだ。もし、一戸建て住宅(万一、地震で建物を失っても土地は残る)を現金一括で購入することができれば、「住宅は資産」と言えるかもしれないが、無理をして、多額の住宅ローンを20年から30年以上の長期にわたって返済し続ける負担の見返りとして、住宅を購入することが本当に良いことなのかどうか・・・・。住宅は新築といえども、購入・取得直後から価値が減価していく。ある著名な経済評論家は、「住宅ローンを組んで住宅を取得することは、必ず価格が下がるとわかっている株式へ、信用取引で投資する様なものだ」と住宅取得を評している。あまりにも「言いえて妙だ」とうなずいてしまった。

 

  念のために申し上げておきますが、当方は、決して住宅取得を否定する立場ではありません。あくまでも、発想の転換を行い、「住宅はあくまで取得するもの」という固定観念から離れ、より豊かでフレキシブルな人生を送るために、住まいという課題に柔軟性を持って向き合ってほしいと考えているのである。住宅を「資産として保有する」ことに重きを置かず、純粋に「住み続ける間の利用価値」として見ることが大切なのである。

 

  FPに住宅取得や住宅ローンについて相談をされる際、「住宅を購入しない選択肢」もあると、しっかりと助言をしてくれるFPが、本当に信頼できる相談相手なのかもしれません。

 

 

  

at 18:52, gmoneylife, -

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アベノミクスとの付き合い方

 

「アベノミクス」という言葉を、連日新聞・ニュース・ネットで見かけることが多くなった。むしろ、なんらかのメディア上で、毎日のようにアベノミクスに関する記事・ニュースに出くわすといってもいいだろう。

一般的には、昨年11月中旬に、民主党の野田佳彦前首相が衆議院解散を宣言した時点から、現在の円安・株高トレンドが続いているといわれるが、専門家の分析では、安倍政権誕生はたまたまタイミングが良かっただけで、昨年10月頃から、世界的な景気回復期待や欧州債務問題の鎮静化により、円安への転換と株式市場の底打ち傾向が出始めていたという見方もあるようです。いずれにしても、安倍政権が掲げる「デフレからの脱却・過度な円高の是正」という政策により、日銀への追加金融緩和の要求すなわち、インフレ目標2%設定(さらには日銀法改正議論の高まり)が、歴史的な円高水準から円安への反転を決定づけ、円安の進行が、輸出企業の業績改善期待を高めることにより、現在に至るまでの日本株式市場の活況につながっていることは疑いの余地はないだろう。

衆議院解散・総選挙実施が決定した頃より、安倍自民党政権誕生がほぼ確実視されていたことで、日銀による大胆な追加金融緩和を期待して、円安と株高傾向が始まったが、当初はアベノミクスという言葉は使われず、「安倍トレード」や「安倍ラリー」といった表現で為替や株式市場の活況を伝えるニュースがメディアを賑わせていた。その当時は、現在に至るまでの急速な円安進行と株高を予想した投資家はそれ程多くはなかったと思われ、安倍トレードはそう長くは続かない、円安も1ドル90円水準までは進行しないだろうと予想した向きも少なくなかったはずである。実は、筆者も約3か月という短期間でこれ程までの円安進行は想定しておらず、「安倍トレード」には、全く乗り遅れてしまった。相談者や顧客に対しても、最近の「安倍ラリー」には過度な期待はせずに、株式や投信等のリスク資産は、時機を見て徐々に利益確定する様アドバイスをしたくらいである。

ご存知のように、安倍首相の大胆な金融緩和政策には、アドバイザーすなわち知恵袋がいます。著名な経済学者で、国際金融論の世界的な権威である浜田宏一イェール大学名誉教授である。浜田先生の主張は明快で分かり易く、「日本のバブル崩壊後の失われた20年においては、金融政策の失策がその大きな要因である」といわれています。つまり、「日本銀行による誤った金融政策が、日本のデフレ経済の長期化をまねいている」と明言されています。浜田先生はじめリフレ派といわれる学者やエコノミストの方たちは、大胆な金融緩和政策を実施して、マネタリーベースを拡大し、デフレから脱却、そして人為的に適度なインフレ状態を起こすことにより、景気浮揚は可能という主張をされています。筆者は、国際金融の専門家でも、経済学者でもないが、個人の金融資産設計業務にかかわるFPとして、このリフレ政策が、日本経済のデフレからの脱却に本当に効果的か?ということに大いに興味があります。「論より証拠」ということで、今までのところは、円安進行と株高で実績が出ているアベノミクスですが、うがった見方をすれば、大胆な金融緩和期待という期待だけで、これ程までの円安と株高が実現した訳であるから、もし、この期待に対して成長戦略等の実態のある政策実施や、経済実態が伴わない、すなわち実際の企業業績が改善しないということになれば、大きな失望とともに円安トレンドや株高傾向からの大きな調整局面を迎える可能性もあるでしょう。また、日本の円安政策は、近隣窮乏化政策を揶揄され、先のG7G20会合で、名指しこそされなかったが、国際的な非難を浴びていることもあります。

このリフレ政策に反対の立場をとる専門家の意見も紹介しておきしょう。反リフレ派の先鋒は、早大ファイナンス研究所顧問である野口由紀雄氏や、同志社大学大学院ビジネス研究科教授の浜 矩子氏です。野口氏の主張は、「今までに日銀は量的緩和政策を含めて、十分に金融緩和をしているが、消費者物価は上昇しない。すなわち需要不足が常態化している日本では、金融緩和はデフレからの脱却には効果がない。規制緩和や成長戦略を含めた産業構造の転換が必要である。量的金融緩和は麻薬のようなもので、国債消化のための手段(国債の貨幣化)であり、物価は上がらず、そもそも日本経済の再生には繋がらない。また、日銀の独立性を侵す日銀法改正は言語道断である」と主張されている。浜氏にいたっては、「リフレ政策すなわちアベノミクスは“浦島太郎の経済学”であり、資本取引や経済活動が高度に国際化した現代経済社会において全くの時代錯誤の経済政策である。つまり、大胆な金融緩和による円安誘導は、60年代から70年代の高度成長期時代における輸出主導の日本経済であれな効果はあるが、製造業の生産活動が国際化した現在では、全くの時代遅れの経済政策である。今起きている株高は、単なる期待に基づくバブルである」とアベノミクスを一刀両断しています。

さて、アベノミクスをとりまく専門家の経済論議はさておき、安倍政権の経済政策がある程度の成果を出す、つまり円安・株高状態が今後も続いた場合、一般国民へはどのような影響があるのか?また、アベノミクスにどのように付き合っていくべきかを考えてみましょう。ます、株式投資をしている人は、インフレ期待が続く限り株高の恩恵を受けます。また、土地を保有している人もインフレ期待の高まる中では有利です。やはり、資産を持っている人のみにしか恩恵はないのだろうか。インフレが進行するだけで、給与や所得が増えなければ、実質的な収入減であり、生活はより貧しくなります。一方で、円安の進行により、エネルギー価格が高騰しています。原発停止を受けて、火力発電所の稼働のため、電力各社は液化天然ガスを高値で大量に輸入しています。また一般の生活者は、最近のガソリン価格上昇に頭を抱えているという状況です。

「アベノミクス」という安倍政権の経済政策は、長期にわたってデフレに悩む日本経済が立ち直れるかどうかの契機になるかと、世界中から注目を受けています。中国やアセアン諸国の経済成長ばかりに注目が集まるアジアの中で、久しぶりに、日本が世界から関心を集めていることは大いに結構なこと(皮肉をこめて)ですが、一般生活者が豊かになることが、経済政策の目的であるのであれば、アベノミクスを、もろ手を挙げて歓迎することはできないかもしれません。「これから、株式投資をしてもまだ間に合う。まだまだ円安は進行するから、外貨投資を始めるべき!」等々とマネー誌の特集記事に謳われているけれど、すでに貿易赤字国となった日本にとって本当に円安はいいことだろうか?また、安倍政権は国土強靭化を掲げて、積極的な公共投資計画を決定したが、日本のかかえる巨額の公的債務を考えると、不安にならざるを得ません。アベノミクスが本当に国家国民のためになる経済政策かどうかを、私たち国民は真剣に考える必要があるでしょう。

at 20:47, gmoneylife, -

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金融商品の手数料開示

個人投資家にとって投資する金融商品にかかる手数料は非常に大切である。昨今の不透明な世界経済状況・投資環境の中、なかなか安定的に利益を上げられない一方で、毎年、確実に数%取られる手数料は、運用成績を左右する大きなファクターであることは疑いの余地がないからである。

株式の売買における委託手数料や投資信託の購入時手数料は、インターネット環境の普及や金融機関同士の競争が広まる中、安くなる傾向にあります。購入時手数料がかからないノーロード投信も珍しくありません。また、ETF(上場投資信託)にいたっては、売買時に株式同様の委託手数料はかかるものの、保有期間中に発生する信託報酬が年率0.5%以下と非常に低い銘柄もあり、長期保有を念頭にした若年層の資産形成にうってつけの金融商品であると当方は考えています。

当然のこととして、金融商品を選ぶ際、手数料が安いことに越したことはありませんが、投資を検討している商品の手数料項目や料率の情報が、しっかり開示されているかどうかをあらためて確認してみたい。

 

例として投資信託(公募株式投資信託等)の主な手数料項目を以下に整理してみた。

●購入時手数料・・・消費税抜きで購入金額に対して、1%〜3%台の料率が多い

※販売会社によるが、インデックスファンドはノーロードが主流(ネット証券)

●信託報酬・・・運用残高に対して年率0.5%前後〜2%程度が多い

※信託報酬は、日割り計算した報酬を日々、運用残高から控除される

●信託財産留保額・・・0.1%から0.3%程度の手数料が解約、換金時に発生する

※近年は、そもそも信託財産留保額かからない設計の投信が増加傾向である

 

投資信託の目論見書によると、その他にも各種手数料(監査費用や書類作成費用等)が発生すると開示されているが、上記3つの手数料が大半を占めると考えて良いでしょう。

投信信託に対しては、手数料項目の多さ、料率の高さから「あまりの高コストゆえ、金融商品としての魅力はそもそもない」という意見も多い(当方もある程度その考えにくみします)が、本稿の趣旨である手数料内容・費用開示という観点でいえば、投信信託は、一応合格点はあげられるのではないでしょうか。

 

さて、今回考えたいのは、生命保険商品にかかる手数料開示についてです。生命保険が金融商品にあたるかどうかの議論(変額年金そもそも運用の中身は投信信託であるし、終身保険や養老保険も長期の貯蓄・資産形成に資する保険だと考えれば、金融商品であると当方は考えます)はさておき、保険料の内訳がどうなっているのか、各保険会社による情報開示はどうなっているのかを考えてみたい。

 

一般的に、契約者が支払う保険料は、将来の保険金支払いの原資である純保険料と、保険会社の運営経費である付加保険料に分けられる。

保険料 = 純保険料 + 付加保険料

 

この付加保険料には、営業職員や保険代理店への手数料や、保険会社の利益などが含まれているため、保険料の内訳や情報の開示は、業界的にタブーとされている。つまり、先に挙げた投資信託と比べると、生命保険は情報開示に関しては、非常に劣っているといえよう。

 

その生命保険会社の後ろ向きの状況開示姿勢・閉鎖性に一石を投じる出来事が2008年に起きた。

 

200811月に、インターネット専門の保険会社であるライフネット生命保険が、“保険料の原価”の全面開示に踏み切ったのである。他の大手生命保険会社の幹部は一様に「なんで開示したのか?」「余計なことをしてくれた」といら立ちをあらわにしたといった内容の新聞報道の記事(当時)を思い出します。

 

開示は業界ではタブーとされてきた。確かに「自動車や家電製品も原価を開示していない」(大手生保)というように、保険料の内訳つまり原価を開示しなければならないものではない。

ではなぜ、開示に踏み切ったのか。ライフネット生命の社長は「クルマや電化製品などと違い、保険は見たり触れたりできない。また一部の商品を除いて手数料も開示されておらず比較しづらい。そこで保険会社間で差が大きい付加保険料を開示すれば競争が進むと考えた」とその理由を説明していました。インターネット専業で、営業職員が基本的にいない身軽なライフネット生命だからこそ開示に踏み切れたといえるでしょうか。

さて、そもそも付加保険料にはどれほどの差があるのか。

例えば、30歳男性の死亡保険金3000万円の定期保険(期間10年)に支払う年間の保険料は、ライフネット生命が約4万円(純保険料約3万円と付加保険料約1万円)で、某大手生保は約8万円。その差は2倍だが、付加保険料だけで比べれば、差は5倍に広がる。というのも、同じ日本人が保険の対象のため、原価である純保険料はほぼ同額であり、他生保でも純保険料は約3万円となる。つまり、先の大手生保の付加保険料は約5万円となり、ライフネット生命の約1万円の5倍に相当するというわけである。

死亡保険である定期保険の例を示したが、保険業界において相対的に存在感が増した医療保険(がん保険)については、保険事由発生に用いる統計やリスク細分化による引き受け基準等が保険会社によって異なるため、純保険料自体に差が出るケースも少なくないと思われるが、ネット専業と大手では付加保険料で数倍の開きがあるのではと容易に想像できる。

 

ただでさえ収益が悪化している生保各社にとっては、価格引き下げ競争になりかねない付加保険料の開示は避けたい事態であろう。そのため「余計なことをしてくれた」と怨嗟の声が上がっている。だが、金融商品の手数料開示は世界的な流れであり、いつまでも非開示のままでは済まされないであろう。

 

2012年現在、ライフネット生命に追随して、保険料の原価を開示する保険会社は現れていません。大手生保の立場に立てば「保険料の原価はそんなに単純なものではない」「既契約者へのアフターフォローにも経費がかかる」という声が聞こえてきそうです。まあ、そのような言い分があれば、むしろ情報開示を徹底して、しっかりと反論をしてもらいたいものです。

at 19:56, gmoneylife, -

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あらためて年金制度を考えてみる

先のブログ記事で、自転車操業スキームであると疑われる不動産特定共同事業法(匿名組合出資)について書きましたが、日本の公的年金制度は賦課方式を採用しているので、ある意味、国民年金や厚生年金は自転車操業的仕組みで運営されていると考えると、制度が非常に分かりやすく理解できないだろうか? 「賦課方式」を簡単に説明すると、勤労世代である若者が年金世代である高齢者へ仕送りをする仕組みである。いいかえれば、現役世代が納付する年金保険料で、リタイア世代が受給する年金原資を賄う(世代間の助け合いと称されることも)ということです。 公的年金制度は、もともと発足当初は積立方式だったが、政治家の選挙対策等の大盤振る舞いで、現在の賦課方式へ変わってしまいました。

●1944年 厚生年金[サラリーマンの年金制度]がスタート
●1961年 国民年金[自営業・農林水産業者の年金制度]がスタート

有体に言えば、「積立方式」でスタートした上記2つの公的年金制度だったが、高度成長時代に積立金を年金給付に大盤振る舞いし、保険料を非常に安く設定する等した結果、少子高齢化が急速に進行した現在では、その年に現役世代の納めた年金保険料を、その年に高齢者が受け取る給付金に振り向ける方式である「賦課方式」に変更になったという訳です。 私たちが払っている保険料は貯金(積立金として)されているのではなく、現受給者の支払いに即使われているのです。これが、まさに自転車操業といわれるゆえんですが、少子高齢化が進むとやがて限界を迎え、現在ある積立金も底をつくといずれ破綻する、つまり自転車操業が継続できなくなります。

年金制度に詳しいある政治家によれば、1944年の厚生年金の開始は、戦費調達の手段であったとのこと。 日本の公的年金は、制度発足当初から問題があり、やや乱暴な取り扱いの歴史が背景にあったのです。

さて、大阪維新の会(国政政党として日本維新の会へ改名)が、次期衆議院選挙を念頭に掲げた「維新八作」、すなわち政権公約の中でも、抜本的な年金制度改革が盛り込まれています。 年金制度については、「積立方式」と「掛け捨て方式」を併用することを目指すということが謳われているようです。「掛け捨て方式」の是非は脇に置くとして、現在の賦課方式の年金制度をどのように変えいくのか?維新の会の価値観は、従来の年金制度はグレートリセットして精算・一元化というスタンスのようです。賦課方式の年金支払い分は事業精算財団方式で処理し、積立方式に長期的に移行していくとのこと。これは大変な政策転換ですが、財源を完全にリセットし、新年金保険制度は積立方式へ移行させる一方で、現年金世代の給付や、現役世代の支払い済み保険料は精算団体で把握・給付をしていきます。

現行の年金制度の清算は、旧自民党政権時代のツケともいうべきもので、莫大な負担になるのですが、長い時間をかけて償却していくというのが、日本維新の会の年金制度改革の骨子と理解できます。 この年金制度の大改革ですが、政治家の間はもちろんのこと、国民の間でも賛否両論があるはずですので、一日でも早く議論をテーブルの上に載せ、議論を深めていくことが必要です。改革案を複数の選択肢にまとめ、それらを国民に分かりやすく示し、早急に改革の方向性を決めて行くのです。党利党略で政局ばかりが目立つ昨今の政界ですが、近い将来の総選挙を経て、どの政党が政権を取ろうが、どのような枠組みの連立政権が成立しようが、年金制度改革の議論だけは、「国民会議」を通じて継続的に議論を進めてもらいたいものです。必要であれば、国民投票によって、今後の年金制度のあり方を、国民皆の判断のもと、早急に決定すべきでしょう。

日本の公的年金制度は「自転車操業スキーム」であると、冒頭で大胆かつ、やや不謹慎な言い方をしましたが、自転車操業は必ずどこかで破たんするのです。かつて某厚生労働大臣が年金制度は「100年安心プラン」と発言していましたが、もうそのようなことを信じている国民はいないでしょう。現時点の年金積立金の総額は、現在の高齢者が毎年受け取っている年金額の3年分しかないとの試算もあるようです。もし、年金制度の抜本的な改革をせず、不足する財源を税金で賄うことになるのであれば、大幅増税、例えば消費税率20%になる事態もありえない話ではないでしょう。 仮に、年金制度が破たんしないにしても、大幅な給付水準カットや支給年齢の繰り下げが想定されるなら、私たち日本国民の老後生活設計はますます困難なものになりかねません。

at 21:32, gmoneylife, -

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自社株保有は愛社精神!?

 

大手上場企業の多くでは社員持ち株会制度やそれに類似した制度があります。私は、かつて一部上場企業に勤めておりましたので社員持ち株会制度は利用可能でしたが、20歳代の頃で資産形成に対する意欲が薄かったせいか、または給与天引きによる毎月の買い付けのためか、前向きに自社株を持とうという気分になれませんでした。本音では「自社株を買うくらいなら、自己啓発や資格取得のためにお金を使おう」と考えていたのでしょう。愛社精神がなかったとも言えますね。

 

FPとして顧客の相談を受けていると、勤務先の自社株を社員持ち株会制度で保有されている方を良くお見受けします。年齢層は40歳代後半から50歳代が多く、取得に要した金額は数百万円〜1000万円近くになるケースもありました。昨今の株式市況の低迷を考えれば、含み損失は相当な金額になっているでしょう。

 「持株会による毎月の買い付けはすでに止めているが、この株式をどうしたら良いでしょうか?」という相談を、先日、老後資金準備を検討されている顧客から受けました。

 

おおまかに計算すると約15%の含み損失で、金額にすると200万円程度のマイナス。持株会の規定にもよるが、原則として自社株の売却は自由にはできないのが一般的。役員であろうと一般社員であろうと、その会社のインサイダーである以上、自由には自社株を売却することはできないというのが一般的です。ただ、その相談者は、来年3月には会社を早期退職することをライフプランとして想定していました。よって、「損失は承知の上で、退職を機に持株会を退会、時価で保有株を持株会に買い取ってもらうことで宜しいのでは」というのが私の回答でした。近年の株価低迷で、その方は結果的に長年にわたる自社株保有で損失を被りました。もう数年退職時期を延ばせば、もしかしたら会社の業績アップや株式市況の回復があって、その方は最終的に社員持ち株会制度の利用で利益を得られたかもしれません。でも、退職金とともに、少なくとも自社株の処分・清算により使える資金を1000万円程度、別途受け取るわけですから、ネガティブに考える必要もないでしょうか。

 

さて、会社員が勤務先の自社株を持つことはどういう意味を持つのかについて少し考えてみました。「高度経済成長を背景に会社の業績が伸び、それにともない自社株の株価も大幅に上昇する」というかつてのシナリオは、これからは望めないかもしれません。もちろん、近年活気のあるソーシャルゲーム業界等の新興企業であれば、業績の伸びと自社株の株価上昇は大いに期待はできるのでしょうけれど。

しかし、リスク分散の観点で考えれば、会社員が自社株を保有することは合理的とは思えません。もし、中高年のサラリーマンにとって、勤務する会社が破たん・倒産することになれば、収入と職場と資産を一度に失い、家族が路頭に迷うことになりかねません。まさにリスクが勤務する会社に集中した故の悲劇といえるでしょうか。

過去、このような悲劇は実際に起きています。印象的なケースは、1997年自主廃業の発表に至った際の山一證券の社員の社員持株会での自社株投資でしょう。まさに、職場と収入と資産の大半を同時に失った者が多くいたと思われます。でも、彼らは、証券会社の社員なのだから、リスクの集中は「自己責任だ」と言うしかありませんね。

 

自社株についていえば、最近注目に値するニュースがありました。米国のFB(フェイスブック社)が、94NY株式市場の引け後に、米証券取引委員会(SEC)への報告で、同社株最大の保有者ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が「少なくとも今後12カ月は保有FB株売却の意思はない」と述べていたことが判明しました。この報道後、同社株は反騰して18ドル台を回復しました。とはいっても、公開価格38ドルを大幅に下回る株価水準で低迷していますが。市場の受け止め方としては「マーケットや株主に対してフレンドリーではないと言われた同CEOが初めて株主の方を向いた発言」と注目されたようです。

一方で「創業者CEOであれば10年、あるいはそれ以上の期間、保有し続けると明言してほしかった」との声も多くあったようです。

 

いずれにしても、会社員や創業者を含む経営陣にとって、自社株を保有するということは、純粋に資産運用や資産保有の一つとして捉えるより、「愛社精神」を示す行為に他ならないといえるでしょうか。

at 22:24, gmoneylife, -

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